「よくなってるのかなぁ……」

―その問いに、どう応えるべきか?ナラティヴが導く“変化”の共有―


■ 「よくなってるのかなぁ……」というつぶやき

「よくなってるのかなぁ……」
リハビリの現場で、レッスンの冒頭や終わりに、クライアントからこうつぶやかれる瞬間がある。
理学療法士として、決して珍しい場面ではないだろう。

けれど、この一言に込められた不安や期待、あるいは諦めに、私たちはどこまで応答できているだろうか。
本記事では、この「よくなるとは何か?」という素朴な疑問を入り口に、ナラティヴ(語り)を重視した理学療法の可能性を探ってみたい。


■ 「よくなる」の意味は、ひとつではない

「よくなる」とは何か。それは実に多義的である。

  • 痛みが軽減した
  • 関節可動域が広がった
  • 筋力がついた
  • 起き上がるスピードが速くなった
  • 仕事や家事が前よりこなせるようになった
  • 外出できる日が増えた
  • 自信を取り戻せた

これらはどれも「よくなった」と表現できるが、誰がそれを「よくなった」と判断しているのかが重要だ。

以下のような“ズレ”は、臨床現場でたびたび見受けられる。

  • 施術者:「肩の外転が20度増えた。これは改善だ」
  • クライアント:「でも、まだ髪を結ぶとき痛い。全然変わってない」

あるいは逆もある。

  • 施術者:「痛みの訴えはあるし、筋力もまだ不十分だな」
  • クライアント:「前より歩くの怖くなくなった。自分ではすごく良くなった感じ」

このように、「改善の指標」がどこにあるかは、専門家と当事者で必ずしも一致していない

このズレを放置したままでは、介入がどれだけ的確でも、クライアントにとって「意味ある変化」として受け取られない恐れがある。


■ ナラティヴで捉える「変化」

そこで重要になるのが、ナラティヴ・アプローチ(語りを通じた理解)である。

ナラティヴ・アプローチとは、対象者の語りから意味や価値を読み取り、それを臨床に活かす視点である(Charon, 2001)。
リハビリテーションでもこの視点は近年注目されており、機能的な改善だけでなく、「その人にとっての意味ある変化」に着目する動きが広がっている。

◎事例紹介(想定)

70代女性、右股関節の手術後に外来リハビリに通うAさん。
評価では徐々に筋力と歩行速度が回復していたが、本人は「全然良くなってない」と繰り返す。

詳しく話を聞くと、「買い物に行くのが怖くて家を出られない」「玄関の段差が不安」と語った。
つまりAさんにとっての「よくなる」は、「外に安心して出られること」であり、関節可動域や筋力はそのための手段にすぎない。

施術に加えて、段差練習や買い物シミュレーションを取り入れた結果、Aさんは「前みたいに近所のスーパーに行けるようになった」と笑顔で語った。

ここで初めて、「よくなった」という言葉がクライアント自身から自然に出てきたのだ。


■ なぜ、ズレが生まれるのか?

1)テンプレート化された評価

理学療法士が使う評価項目(ROM、MMT、FIMなど)は、非常に有用である一方で、個別のストーリーを置き去りにする危険もある

2)“語られないニーズ”の存在

「ほんとうは歩けるようになることよりも、夫と散歩したい」というような、“生活文脈のなかの目的”が見逃されやすい。

3)評価の言語化のギャップ

「なんとなく良くなった気がする」「でも痛みはある」など、クライアントの語りは曖昧であることも多い。
しかしその曖昧さの中に、大切なヒントが隠れている。


■ 問い

あなたの目の前のクライアントは、「よくなってる」と感じているでしょうか?
それは、どんな基準で? どんな言葉で?
そして、あなた自身は何を“良くなった”と考えているでしょうか?


■ 変化は、対話の中で共有される

「よくなってるのかなぁ……」

この問いに、理学療法士として答えるためには、数値や評価だけでなく、クライアントの語りを受け取る耳が必要だ。

  • 「どうなったら“よくなった”と感じるか」
  • 「いま、何が一番の悩みか」
  • 「日々の生活の中で困っていることは?」

こうした問いを持ち続け、語り合いながら変化を共有することが、リハビリテーションの本質ではないだろうか。

最後に、アメリカの医学者リタ・シャロンの言葉を引用して締めくくる。

“Narrative medicine fortifies clinical practice with the narrative competence to recognize, absorb, interpret, and be moved by the stories of illness.”
(ナラティヴ・メディスンとは、病の物語を認識し、受けとめ、解釈し、動かされる力を臨床に与える)

――その人にとっての「よくなる」を、共に語り、探す理学療法でありたい。


参考文献:

  • Charon, R. (2001). Narrative medicine: A model for empathy, reflection, profession, and trust. JAMA, 286(15), 1897–1902.

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